森田療法・内観・トラウマインフォームドな回復― あるがままから目的本位の生活へ:HANAの臨床的理解 ―
1. はじめに:森田療法―受容を基盤とした回復へのアプローチ
日本の心理療法の歴史において、森田療法は、心理的苦痛に対して独自のアプローチを示してきました。そこでは、受容、注意、そして目的に沿った生活への再参加が、回復の重要な要素として位置づけられています。日本の精神科医である森田正馬(1874–1938)によって発展させられた森田療法は、1919年頃に体系化され、20世紀初頭の日本の精神医学の中から発展しました。
同時に、その理論には、日本における自然観や東洋思想との響き合いも指摘されています(Sugg et al., 2020; Nakamura et al., 2023)。森田療法は、不快な感情を取り除くことを回復の前提とはしていません。むしろ、不安、恐怖、悲しみ、不確実さなどの感情を、人間の自然な経験の一部として捉えます。森田療法において重要なのは、苦痛そのものをなくすことよりも、苦痛に対する過度な抵抗やとらわれから離れ、現実の中で必要な生活へ再び関わっていくことです(Sugg et al., 2020)。
したがって、治療の課題は、必ずしもそのような感情を消すことではありません。
HANAにおけるEmotionとFeelingの理解
HANAでは、この森田療法の考え方をさらに発展させるために、臨床的な理解を助ける一つの枠組みとして、EmotionとFeelingを区別して捉えることがあります。
一般的な心理学においても、EmotionとFeelingは関連しながら区別される概念として扱われています。American Psychological Association(APA)は、Emotionを、個人にとって意味のある出来事に対して生じる、経験的・生理的・行動的要素を含む複合的な反応として説明し、Feelingについては、その感情に伴う主観的・評価的な経験として説明しています(American Psychological Association, 2018a, 2018b)。
HANAでは、これらの一般的な区別を参考にしながら、Emotionを、身体や神経系を含む人間の自然な反応として、Feelingを、その経験を本人がどのように認識し、意味づけ、解釈し、主観的に経験しているのかという側面として捉えることがあります。
たとえば、ある出来事に対して身体が緊張し、恐怖反応が生じることがあります。その後、人は、
「私は怖い」
「また何か悪いことが起こる」
「私は弱い」
「この感情をなくさなければならない」
といった形で、その経験を認識し、意味づけることがあります。
このとき、最初に生じた自然な反応そのものと、その反応について自分が作り出した意味や物語は、必ずしも同じものではありません。HANAでは、この違いを理解することが、「自分の感情を変えなければならない」という葛藤から少し離れるための一つの入口になると考えています。Emotionそのものを無理に変えようとする必要はありません。
Feelingについても、それを「正しい」「間違っている」と判断する必要はありません。まず、「今、私の中で何が起きているのだろう」と気づくこと。そして、その経験をすぐに変えようとするのではなく、あるがままに認めること。そのうえで、「では、今この状況で何が必要なのだろう」と、再び現実と生活へ注意を向けていく。
ここに、HANAが理解する森田療法のあるがままと、目的本位の生活との接点があります(Kihara, n.d.-a)。この視点に立つと、回復とは「不快なEmotionやFeelingをなくすこと」ではありません。むしろ、不快な経験が存在していても、それとの葛藤に人生全体を支配させることなく、自分にとって大切な生活へ再び関わっていくこととして理解することができます。
そして、この「経験を変えようとすることから、経験とともに生きることへ」という転換が、HANAにおける森田療法の理解と、トラウマインフォームドな実践をつなぐ重要な出発点となります。
2. 森田正馬から現代の実践へ:森田療法の発展
森田正馬は、20世紀初頭の日本において森田療法を発展させました。森田療法は1919年頃に体系化され、当時は主として不安関連の問題、特に「神経質」と呼ばれていた状態に対して用いられていました(Sugg et al., 2020)。
森田のアプローチは、心理的症状を直接取り除くことを治療の中心に置く考え方とは異なっていました。森田は、人が不安を抑えたり、無理に取り除こうとしたりすることによって、その不安への注意やとらわれがさらに強まる場合があることに注目しました。
森田療法では、症状や感情そのものよりも、それらに対する抵抗や過度な注意が苦痛を維持する循環に関心が向けられます(Sugg et al., 2020)。森田が示したのは、苦痛を否定することでも、苦しみに対して諦めることでもありませんでした。
むしろ、自分の経験をそのまま認識しながら、注意を日常生活へ戻し、その時々の状況で必要とされる活動へ再び関わっていくという方向性でした。その後、森田療法は当初の臨床的文脈を超えて発展し、現在では国際的にも研究・臨床の対象となっています。
現代の研究では、森田療法は、あるがまま、自然な感情、とらわれ、目的に沿った行動、そして自然との調和などを中心とする独自の心理療法として位置づけられています(Sugg et al., 2020)。森田療法には、現代のAcceptance and Commitment Therapy(ACT)やマインドフルネスなどとの共通点もありますが、両者を同一視することは適切ではありません。
森田療法では、知的な理解や認知的な再評価だけではなく、経験そのものを通して自然な感情の流れを体験し、生活への関わりを取り戻していくことが重視されます(Sugg et al., 2020)。あるがまま、自然な感情、とらわれ、目的本位といった森田療法独自の概念と、その歴史的・哲学的背景が、この療法を独自のものとして位置づけています。
3. あるがまま:経験をそのまま存在させる
森田療法の中心にあるのが、あるがまま(arugamama)という考え方です。
あるがままとは、自分の現在の経験を、すぐに別のものへ変えようとせず、そのまま存在するものとして認めることと理解できます。不安は不安のまま。悲しみは悲しみのまま。不確実さは不確実さのまま。身体感覚は身体感覚のまま。
それらをすぐに消そうとしたり、変えようとしたりすることなく、経験することを含んでいます。森田療法におけるarugamamaは、単なる知的な「受容」というよりも、現実をそのまま経験しながら、自然な感情の流れとともに必要な行動へ関わっていく、身体的・実践的な状態として説明されています(Sugg et al., 2020)。
しかし、あるがままは、敗北を受け入れることでも、苦しみに甘んじることでも、変化をあきらめることでもありません。また、現在存在している有害な状況を、そのまま受け入れ続けることを意味するものでもありません。
あるがままが扱っているのは、その人が自分の内側で起きている経験と、どのような関係を持つのかということです。それは、禅における観照(それは、禅における観照(かんしょう)という考え方とも響き合う部分があると、HANAでは理解しています。ただし、HANAではこれを単に「感情を観察すること」とは捉えません。経験をそのまま認めながら、そこに過度にとらわれることなく、現実との関わりへ戻っていく動きとして理解しています。感情が消えていくことではなく、感情があっても、それによって行動や思考のすべてが制限されなくなっていくこと。
そして、感情が変化することを「生き始めるための条件」にしなくなったとき、人は少しずつ、自分の内側以外の生活にも注意を向けられるようになるのではないでしょうか。不安や悲しみが残っていても、それらが意味のある活動を始めることを完全に決定する必要はありません。
この意味で、受容は治療の終着点ではありません。受容は、再び人生へ関わっていくための余白をつくります。その余白に何を加えるのか、あるいは、さらにその余白を広げていくのかを、ともに探っていくこと。それが、HANAが森田療法を取り入れる際に大切にしている支援のあり方です。
4. 自然な感情と「とらわれ」
森田療法では、感情を人間の自然な経験の動きの一部として捉えます。感情は生じ、変化し、強くなったり弱くなったりし、ときには再び現れます。森田療法では、こうした感情の自然な変化を「感情の法則」として捉える考え方があります(Sugg et al., 2020)。
しかし、望ましくない内的経験に注意が集中し、それを変えようとすることが生活の中心になっていくと、心理的な「とらわれ」が生じることがあります。森田療法では、この状態をとらわれ(toraware)という概念から理解することができます。
たとえば、
「不安がなくならないと外に出られない」
「自信が持てるようになってから人と話したい」
「過去のことを考えなくなってから前に進みたい」
「心の準備ができてから始めたい」
というように考えることがあります。このような状態では、その人の生活そのものが、内側の経験を変えることを中心に組み立てられていく可能性があります。森田療法は、別の可能性を示します。内側で何が起きているのかを認識しながらも、それだけを注意の中心にしない。
そして、その人の周囲に存在している現実、責任、人間関係、活動、そして今この瞬間に必要なことへ、少しずつ注意を戻していく。そのために、感情が先に消える必要はありません。
5. 気分に導かれる生活から、目的本位の生活へ
森田療法の重要な特徴の一つは、気分に導かれる生活から、目的本位の生活へと移っていくことです。気分に導かれる生活とは、安心しているか、やる気があるか、自信があるか、心の準備ができているかといった現在の心理状態によって、行動が大きく左右される状態です。
このような生活では、不快な感情が行動の可能性を徐々に狭めてしまうことがあります。森田療法では、現在の気分だけによって行動を決めるのではなく、今この状況で何が必要なのかに注意を向けることが重視されます(Sugg et al., 2020)。ここでいう目的は、必ずしも「人生の大きな目的」を意味するものではありません。もっと小さく、具体的なものでよいのです。問いは、「今、この状況では何が必要なのだろう?」です。
たとえば、
社会不安があっても、人とのつながりに向けて小さな一歩を踏み出す。
深い悲しみを抱えていても、大切な責任に向き合う。
圧倒されていても、課題の一部分だけを完成させる。
回復に取り組んでいる中で、引きこもりたい気持ちがあっても、必要な支援の場へ行く。
将来が不確かでも、今できる現実的な一歩を踏み出す。
ここで重要なのは、「不安を克服したこと」を証明することではありません。
人生に参加することです。
森田療法では、行動の成功を症状が減ったかどうかだけで評価するのではなく、症状や苦痛が存在していても、必要な生活へ関わることそのものが重要だと考えられています(Sugg et al., 2020)。その意味で、目的本位の行動は、特定の感情状態を先に達成しなくても、自分の人生に関わっていくための一つの形となります。
6. 森田療法とトラウマインフォームド・プラクティス
森田療法の考え方は、トラウマインフォームドな実践にも重要な示唆を与える一方、その適用には慎重な検討が必要です。トラウマは、人の時間感覚、安全感、記憶、身体感覚、人間関係、そして自分自身の人生に対する感覚に大きな影響を与えることがあります。
また、トラウマを経験した人が苦痛を避けようとすることは、単なる「問題行動」ではなく、過去の経験の中で形成された理解可能な生存戦略である場合もあります。そのため、トラウマインフォームドな森田療法の理解においては、内的経験をあるがままに認めることと、有害な外的状況を受け入れることを明確に区別する必要があります。この二つは同じではありません。
人は恐怖を認めながら、その恐怖が重要な情報を伝えている可能性を理解することができます。痛みを伴う記憶が存在していることを認めながら、現在の生活において境界線を設定することもできます。悲しみをそのまま存在させながら、人生を再構築するための一歩を踏み出すこともできます。したがって、トラウマインフォームドな実践における目的本位は、「感情があっても、とにかく行動しなさい」という意味ではありません。むしろ、「自分が何を経験してきたのか。
今、何が起きているのか。そして、この瞬間に、自分の生活、安全、価値、人間関係を支えるために何が必要なのか。」という問いを含みます。このような理解によって、森田療法の受容は受動性になることを避け、行動はプレッシャーになることを避けながら、トラウマインフォームドな形で実践することができます。
7. 内観:関係性・振り返り・意味づけ
森田療法が「現在の経験とともに、どのように人生に関わっていくか」という方向性を示す一方で、内観療法(Naikan Therapy)は、人間関係やこれまでの経験を振り返るための構造化された方法を提供します。内観療法は、吉本伊信(1916–1988)によって1940年代に発展・体系化された、日本の文化的・宗教的背景をもつ心理療法です(Kawahara, 2002; Tsukasaki, 2019)。
伝統的な内観では、特定の人との関係について、以下の三つの問いを中心に振り返ります。
私はこの人から何をしてもらったか。
私はこの人に何をしてあげたか。
私はこの人にどんな迷惑をかけたか。
内観では、これらの問いを通して、自分自身だけを中心とした視点から少し離れ、他者との関係の中で自分の人生がどのように成り立ってきたのかを見つめていきます(Kawahara, 2002; Chilson, 2018)。そこには、感謝、責任、相互関係、そして人との関係によって自分の人生が形づくられてきたことへの気づきが含まれます。
しかし、内観をトラウマインフォームドな文脈で用いる場合には、この振り返りがどのように作用するのかについて慎重に考える必要があります。対人関係におけるトラウマを経験した人の場合、「自分が相手にどんな迷惑をかけたのか」という問いが、過剰な自己責任、羞恥、自責感を引き起こす場合があります。特に、過去に本来その人の責任ではない出来事について責められてきた人にとっては、この点が重要になります。
そのため、HANAでは、トラウマインフォームドな臨床実践の中で、内観の第三の問いを文脈に応じて調整することがあります(Kihara, n.d.-b)。伝統的な問いである、「私はこの人にどんな迷惑をかけたか」に加えて、あるいは場合によっては、「私はこの関係から何を学んだか」という問いを用います。これは伝統的な内観そのものを置き換えるものではありません。
むしろ、トラウマを経験した人が自責や羞恥へ引き込まれることを避けながら、関係性についての振り返りを行うための、HANAによるトラウマインフォームドな臨床的適応として位置づけられます。その目的は、振り返りを、気づき、意味づけ、関係性への理解、そして成長へと向けていくことです。
8. 森田療法と内観の統合
森田療法と内観は、心理的な回復において互いに補完的な方向性を提供することができます。森田療法は、その人が現在経験している内的な現実を認識しながら、人生への参加を続けていくことを支えます。内観は、人間関係や過去の経験を、より広い視点から振り返ることを支えます。したがって、一方は、現在への関わりを支え、もう一方は、関係性や経験の振り返りと意味づけを支えるものとして理解することができます。
両者を統合すると、次のような動的なプロセスとして捉えることができます。
経験 → あるがまま → 振り返り → 意味づけ → 人生への再参加
その人はまず、すぐに解決しようとすることなく、現在そこにある経験と出会います。その後、その経験をより広い人間関係や時間的な文脈の中で振り返ります。そこから意味を見出すことによって、再び人生へ関わっていくための新しい可能性が生まれます。このプロセスは、トラウマ回復において特に重要です。回復とは、単に症状を減らすことだけではありません。自分の過去との関係を変えていくことでもあります。
過去に起きたことを消す必要はありません。重要なのは、「起きたこと」を自分の人生の一部として位置づけながら、それが自分のアイデンティティや未来のすべてを決定するものにはしないことです。
9. 日本の心理療法から、Aotearoa New Zealandにおける文化的に応答的な実践へ
森田療法や内観を現代の臨床実践に取り入れる際には、文化的謙虚さが不可欠です。これらの実践はいずれも、特定の日本の歴史的、哲学的、文化的背景の中で生まれたものです。
そのため、その背景から切り離して、単なる「普遍的な心理療法の技法」として扱うことは適切ではありません。一方で、不安、悲しみ、喪失、人間関係における苦痛、不確実性、意味を探すことなど、人間の心理的経験には文化を超えて共有される側面もあります。
Aotearoa New Zealandにおいては、日本の心理療法の伝統を、Māoriの世界観、コミュニティの知識、lived experience、マインドフルネス、身体や動きを用いたアプローチ、そしてその他の文化的に根ざしたwellbeingの理解と対話させる可能性があります。この対話は、それぞれの伝統を一つに混ぜ合わせることを目的とするものではありません。むしろ、異なる知識体系が、それぞれの起源と独自性を尊重しながら出会うための空間をつくることです。
トラウマインフォームドな実践において重要なのは、単に、「この技法は効果があるか」だけではありません。さらに、
「誰にとって効果があるのか。
どのような文化的文脈で用いられるのか。
どのような適応が必要なのか。
そして、誰の世界観が中心に置かれているのか。」
を問い続けることです。この意味で、文化的応答性は治療に「追加する要素」ではなく、倫理的な臨床実践そのものの一部です。
10. 統合されたトラウマ回復モデルに向けて
森田療法と内観を統合することは、トラウマ回復をより広く理解するための基盤となります。森田療法は、あるがままという原則を提供します。それは、現在存在している経験をそのまま認めながら、再び人生へ注意を向けていくことです。内観は、関係性の振り返りという視点を提供します。
それは、自分が何を受け取り、何を与え、何を経験し、そしてその関係から何を学んだのかを振り返ることです。そこにトラウマインフォームドな適応を加えることで、受容や振り返りが、羞恥、自責、過剰な自己責任を再生産しないように配慮することができます。これらを統合すると、心理的な経験に圧倒され続ける状態から、その経験との間により広い空間をつくっていく方向性が見えてきます。
これは、困難な感情から完全に自由になってから人生を始めることを必要としません。むしろ回復とは、今ここにあるものとともに生きながら、過去、現在、他者、そして未来との関係を少しずつ変えていくことと理解することができます。
この考え方は、Mud Lotus Trauma Integration Modelの発展における重要な理論的基盤となります。
Mud Lotusでは、トラウマを単に取り除くべき症状の集合として捉えるのではなく、出会い、振り返り、統合し、そして一人の人間の人生の中で新たな意味を見出していくことのできる経験として捉えます。
蓮は、自分が泥の中から生まれたことを否定しません。
同じように、トラウマの統合も、起きたことを否定することを必要としません。重要なのは「起きたことを認めながら、その経験とともに、どのように成長し続けることができるのか」という問いです。この意味で、回復とは必ずしも、苦しみから、苦しみのない人生へ移動することではありません。
それはむしろ、自分の経験によって定義される状態から、その経験とのより広い関係を育て、自分自身、他者、そしてこれから可能となる人生との関係を広げていくことへの移行です。
References
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